シュリーマン『古代への情熱』を追って
2010年5月12日(水)
トロイの遺跡を発掘し、それまでの考古学の定説を覆したハインリッヒ・シュリーマン。ヨハネ生はいま、彼の生き方について考え、その情熱の根源にはいったい何があるのかを探ろうとしています。

徹底する人・シュリーマン

「『この人には及ばないな』と思うようなすごい人は、才能のあるなしに関係なく、膨大な訓練の時間を積み重ねている」

「繰り返し繰り返し、やるなと言われてもやり続ける」

「世の中が騒ぎ出すくらい徹底的にやればいい」

以前のセッションで、こうした「徹底的にやる」ことが取り上げられました。そして、そのような人物の代表として横瀬先生から紹介されたのが『古代への情熱』の著者であり、多国語を身につけたことでも知られるハインリッヒ・シュリーマンです。

5月のセッションでは、このシュリーマンの行動を支えた背景について理解を深めるため、「トロイの秘宝を追え」「ヘレン・オブ・トロイ」といった映像作品を鑑賞し、意見を交換しました。


「トロイの秘宝を追え!」

シュリーマンの人間像を本とは違った面から捉えてみようと取り上げた作品で、2007年にドイツで制作された、制作費15億円の大作です。

物語は1868年、刻苦勉励の果てに財産を築いたシュリーマンが、全てを投げ打ってトロイ発掘へと赴こうとするまさにそのときから始まります。

友人・フィルヒョー教授の講演会で学会の面々から嘲笑を浴びたシュリーマンですが、「トロイは実在する」との確信は揺らぎません。ギリシャで学識豊かな女性を妻に迎えてからトルコに向かおうと、計画を進めていきます。

ギリシャの大司教の協力により、聡明で美しい女性を紹介してもらうことになったシュリーマンですが、肝心の花嫁候補であるソフィア自身は、この結婚に対して納得がいきません。父の店で働く青年・デミトリオスとの恋愛もあって、自分は傾きかけた店を救うために金で買われるのだ、と怒り心頭です。

そんなソフィアに出会うなり、シュリーマンは「ハドリアヌス帝の即位した年は」「ホメロスを暗唱してほしい」と次々に質問を浴びせかけます。花嫁になるのにテストが必要なのか、とますます嫌気がさすソフィア。結局、この結婚は成立することになったものの、二人の間には深い溝が生まれてしまいます。

順風満帆とは言い難い状況の中、シュリーマン夫妻はトルコに到着しました。いよいよトロイへ、と意気込むシュリーマンですが、発掘場所の目星をつけたいと馬車を雇おうとすれば現地人から馬鹿にされ、伝説の通りに低温の泉を探そうとしても、泉はどれも同じ温度で…と、思うように調査は進みません。

そんなある日、ソフィアが格安で雇った馬車に乗り込んだ二人は、荒野の真ん中で突如、盗賊に襲われてしまいます。実は、馬車主が盗賊とグルで、初めからシュリーマンの財布に目をつけていたのです。銃を突きつけられ、助けもなく、絶体絶命のシュリーマンは…。

物語は、「妻となるソフィアにテストのように質問を次々と投げかけた」といった史実を織り込みながら、ライバルの学者・ノイマンやトルコ政府の陰謀、さらには鉄血宰相ビスマルクとの駆け引きを交え進んでいきます。シュリーマンの"熱い思い"が感じられる映像です。


映像を振り返って

振り返りでは、『古代への情熱』とはまた異なったシュリーマンの姿について、意見が交わされました。

吉野 これまでシュリーマンの人物像については何がすごいのかよく分からなかったのですが、純粋・単純なところが魅力なのか、とも感じました。また、自分勝手なやり方や妻への執着、空回りといったこともありましたが、最終的に発掘へとつなげるモチベーションの高さがあります。

中内 「『古代への情熱』には少年の頃の夢について書かれていますが、シュリーマンは本当に少年の頃から夢を持ち続けていたのだろうかと疑問です。トロイのためだけにお金を稼いだ訳ではないように思います。でも、もしトロイのためだけに一所懸命であったなら、ビスマルクに会えるような立場になっただろうか、と。目の前のことに全身全霊で取り組んでいたから、最後の結果へとつながったのでは。

…シュリーマンの人間像について、今後もまだまだ掘り下げていけそうです。


「ヘレン・オブ・トロイ」

シュリーマンが夢中になった「イリアス」は、ギリシャ神話の中でも最大級の物語・トロイ戦争を歌った叙事詩です。この物語に対する理解を深めるため、トロイの若き王子・パリスとスパルタ王妃・ヘレンを中心にして描いた映画「ヘレン・オブ・トロイ」を鑑賞しました。制作年は1956年と少々古めですが、その映像の迫力は近年のものにも見劣りしない作品です。

ギリシャの都市国家群とトロイは、ヘレスポントス海峡を巡って対立していました。しかし、トロイの王子・パリスは、武力による解決ではなく、貿易による外交政策を主張し、スパルタに特使として赴くことになります。

パリスはスパルタへと海路で向かいますが、途中、嵐に襲われて一人、海岸へと流れ着きます。気を失ったパリスを助け解放したのは、乳母の実家へとお忍びでやって来ていたスパルタ王妃・ヘレンでした。二人はたちまち恋に落ちます。

その後、スパルタ王に面会を求めたパリスでしたが、ギリシャの国々はトロイへの攻撃を計画していたため、そのまま城内に幽閉されてしまいます。しかし、パリスはヘレンの手引きによって逃げ出すことに成功し、二人はそのままトロイへと落ち延びることになりました。

黙っていないのはスパルタ王で、ヘレン奪回をトロイ攻撃の口実に、ギリシャの国々と連合して大艦隊で攻め上ってきます。その中には、ギリシャの英雄・アキレウスも参加していました。

この後、物語ではギリシャ軍大将・アガメムノンとアキレウスの対立、トロイ王子・ヘクトルとアキレウスの決闘と、「イリアス」にも描かれた名場面が続いていきます。


神話・トロイ戦争

鑑賞後には、アキレウスが不死身になった経緯と弱点が生じた理由が小学6年生の飯田健太君から説明され、物語の背景に神話が影響していることが実感できました。

「ヘレン・オブ・トロイ」は、神話の要素をほぼ全て省いて作られた作品です。しかし本来の「トロイ戦争」神話は、ギリシャの神々の思惑が色濃く絡み、人間たちの運命がもてあそばれていく物語であるといえます。

増えすぎた人間を減らすために戦争の火種をばらまくゼウス。三人の女神の美を裁定する役割を押しつけられ、国を破滅に導くパリス。そしてシュリーマンが夢中になった絵本に描かれていたのは、ローマ建国者の祖先にして神の加護を受けたトロイ王子・アエネアスでした。

シュリーマンの情熱をかき立てた物語をより深く読み解くためには、こうした神話についての理解が必要になるのかもしれません。今、ヨハネではいくつかのグループが、様々な神話についての研究を進めています。