新年大掃除 〜 研究室を自分たちでつくろう 〜
2012年1月12日(木)


新年を迎え、ヨハネ生たちは5日間に渡る大掃除を行いました。 なぜヨハネ研究の森コースでは、わざわざ面倒な掃除を自分たちで行うのでしょうか。 掃除を業者に任せて、勉強にもっと時間を掛けた方がいいのではないでしょうか。 ヨハネ生たちは、実際に掃除をする、映像を見る、そして先生の話を聞くことを通して自分たちで徹底して掃除をすることの意味を考えます。


永平寺とは

永平寺。今から750年前に道元禅師によってつくられた曹洞宗大本山。

道元禅師は「修業とは座禅や経典を学ぶことだけにあるのではなく、日常のすべての行為の中にある (威儀即仏法、作法是宗旨)」と言いました。 永平寺ではその言葉通り朝起きて洗面の仕方から、食事の仕方、夜眠るときまで日常の行為1つひとつに厳しい作法があります。 現在でもたくさんの雲水(修業僧)が、「仏にふさわしい立ち居振る舞い」を身につけるため永平寺で厳しい修業をしているのです。

ヨハネ研究の森では、毎年新年の大掃除のときに、NHKスペシャル『永平寺 修業の四季』という映像を観ます。 雲水の修業の日々を通して、自分たちがこれから掃除をすることの意味を考えようとしているのです。






なぜ掃除をするのか

横瀬 明けましておめでとうございます。 新年の大掃除をして、研究室のレイアウトも変えて、ずいぶん印象が変わったでしょう。 とてもいい雰囲気になったと思います。私も自分の席を作って座っていたいくらい。

この間、5日間連続で大掃除をしましたが、私たちは一体どうして掃除をするのでしょう。 ヨハネ研究の森では何日もかけて大掃除をして、自分たちでワックスがけまでしている。 そんな面倒なことをしないで、掃除は業者に任せて、勉強をすればいいのにと一般的には思うでしょう。 なぜ掃除を自分たちで徹底してやっているのか。

永平寺もそうですよ。 毎日朝早くから起きて、掃除をして、座禅をして、また掃除をしてってしている。ヨハネに似てるよね。

私は子どもの頃、大掃除が大嫌いだった。 年末になるとやたらと母親が忙しぶってね。 あれもやらなくちゃ、これもやらなくちゃってすごく忙しそうなの。 それで、大掃除をするからって言って、家のものを全部出さなくちゃいけないの。これが本当に大変だった。

部屋の中のものを全部出す。 そして、雑巾がけをしたり、すすを払ったりね。昔はかまどでしょう。 今みたいにオール電化じゃないじゃない。火でご飯を炊いていた。だから、一年分のすすがたまってるんだよね。 うすら汚れてて「邪気」がたまってるの。

雑巾がけをしたり、すすを払ったりすることでその「邪気」を払って、新年の神様をお迎えするっていうのが昔はあったんです。 門松とか除夜の鐘もそういう「払い清める」ということの中で行われていた。 今はかなり曖昧になっているけれど、これは「仏教」の考え方から来てるんだよね。


掃除五功徳

仏教では「掃除五功徳」というのがあるの。 お釈迦様が、掃除のよいところというのを弟子に言って聞かせたんだけれどね。ちょっと読みますよ。

一つ、自分の心を清らかにする(自心清浄)

二つ、他人の心を清らかにする(他心清浄)

三つ、この世のすべての存在が活き活きする(諸天歓喜す)

四つ、すっきりと美しい行為の種がまかれる(端正の業を植ゆ)

五つ、死後かならず天上に生を受ける(命終の後、まさに天上に生ずべけん)

面白いでしょう。 掃除は、浄化、「清める」ということと関係があるんです。 奈良、平安時代にそういう掃除に対する考え方が深まっていったんだけれど、 人間は定住するようになったところからその問題が付きまとうようになったんですよ。

生きていればゴミが出る、排泄物も出る、その場所で生き続けていくためには掃除をしなければならないでしょう。

人間は、掃除をしないでいると「生きている」とうい実感が失われていきます。生活の場が崩れていってしまうんです。


掃除を通して場をつくる

使って、使いっぱなし。汚しっぱなしで平気っていうのは凄く依存的ですよ。

自分たちが生きる場を自分たちの手でつくりあげる。 このことが重要なんです。それをしないでおいて、「勉強だけすればいい」というのはちょっと違うでしょう。

自立するということ、は自分で生活をつくるということが根本にあって、 そこをきちんとすることがただ単に勉強するということよりもよほど大事ですよ。 勉強だけできて、自分のことなんにもできない人ではダメなんです。

そういうことを考えてみてください。 「掃除」は定住とも関係があるし、「清める」という意味もある。 自分の生きている場をつくりあげるためには必要なもので、人間は、それをずっとやってきているんです。